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家族のこと。

昨日のドラマ「はなちゃんのみそ汁」は、確か告知を受けて間もない頃、友達にもらった本でした。その頃はまだ告知のショックから立ち直れていなかったので、あまり内容が頭に入らず、ただ、主人公が乳がんで亡くなってしまう結果に悲しい気持ちになったことを思い出します。

告知を受けて間もない頃、旦那さまと義両親にはすぐに話をしたものの、自分の家族には言えずにいました。まずは母に言うべきとは思ったのですが、父が病気で倒れて以来、食事にはとても気をつけて大切に育ててくれた高齢の母に、悲しい思いをさせてしまうということが申し訳なくて。小さな頃から、無農薬有機栽培のお米やお野菜、安全安心な環境で育てられた牛・豚・鶏・卵。仕事をしながら、3度の食事はきちんと栄養の整ったものを作ってくれました。添加物が含まれたお惣菜やお菓子はほとんど食べさせてもらえませんでした。就職して1人で暮らすようになってからは、それなりに普通のものを食べるようになって、時間も不規則になり、少し不健康だったかもしれません。だから、病気になったときには、「母が大切に育ててくれたのに私が不健康なことをして体を壊してしまった。申し訳ない。」という気持ちがありました。

1週間ほどたった頃、妹の家に母が来ているときに、私も行って、ようやく病気のことを打ち明けました。「実は乳がんになっちゃってさ・・・」。母と妹の「えっ!」と驚いた悲しそうな顔が今も目に浮かびます。目に涙を浮かべて妹は私を抱きしめてくれました。

「他の二人(姉と兄)には私から言っておくから、安心してお帰り。」と母に言われ、家に帰っている途中、兄から電話がありました。

「母さんから聞いたけど大変だったねえ。でも大丈夫だから。何も心配しなくていいから。俺が守ってやるから。絶対治してやるから。全然心配しなくていいから。」力強い兄の励ましに、電話しながら思わず泣いてしまいました。東京に住む兄は、その後、病気に関する情報を教えてくれたり、病院を探したりしてくれました。とても忙しい兄ですが、手術の前後、様子を見にきてくれたり、私1人で聖路加にセカンドオピニオンを聞きに行ったときには、急遽同席してくれたりしました。
姉からもすぐに連絡があり、東京で治療することになったときは診察に付いてきてくれたり、こちらに帰ってからの治療中も娘をみてもらったり、とても助けてもらっています。

家族だからそれなりにケンカすることもあったし、それほど家族という存在について考えることもなかったけど、病気になったことで、家族の深い愛情と、それぞれの優しい人柄を再認識することができました。ちゃんと病気を治して、今まで支えてもらった分、いつかお返しができるようになりたいと思います。(^^)
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娘に気づいた日。

今日は、娘の存在に気がついて1年目の記念日です。

乳がんの切除手術の翌日、私の鼻に大きな吹き出物ができました。私は、その数ヶ月前に子宮外妊娠したときも、鼻に大きな吹き出物ができていました。このことから、旦那さまに「妊娠してるんじゃ・・・?」と何度か言われたのですが、告知されてからは避妊していたし、私は「んなわけないよ〜」と思っていました。ちょうど手術日付近が生理予定日だったのですが、今回は告知の精神的ショックで数週間で4kgほど痩せたし、生理は乱れるだろうなと思っていました。

一年前(乳がん切除手術から5日後)の朝、旦那さまが出がけに私の顔を見て、「まだ治ってないじゃん。なんだかあやしいよ。今日こそちゃんと妊娠検査薬買って試しなさい。」と言いました。相変わらず私は、「んなわけない」と思っていましたが、生理が一向に来ないこともあり、少しだけ胸がざわざわしていました。

その頃、術後間もないこともあって、家事などを手伝いに姉が来てくれていました。その日は来る前に電話があり「何かいるものある?」「んじゃ、あのぅ・・妊娠検査薬買ってきてくれる?ま、そんなわけないとは思うんだけどさ。」
姉が買ってきてくれた妊娠検査薬を手にトイレに行きました。子宮外妊娠のときも妊娠検査薬を使いましたが、うっすら〜と色が染まる感じの弱い反応でした。それを思い出しながらあまり期待せず、ぽけ〜っと見ていると、吸収体が濡れると同時に、判定窓に強烈に濃い紫色の線が現れました。
「・・・姉ちゃん、なんだか妊娠しているみたい・・・」と私が言うと、姉は驚いて、泣きながら私を抱きしめました(姉は相当涙もろいのです)。
旦那さまに電話すると、いつも冷静なのに、ちょっとうわずったような、少しだけ興奮したような声をして、喜んでいました。
あぁ、懐かしいです。

昨日、旦那さまに「あの鼻の吹き出物=妊娠って、どれぐらい確信してたの?」って聞くと、「50%ぐらいかな。」って言っていました。私の乳がんも見つけてくれた旦那さま、何か不思議な力を持っているのかもしれません。(笑)

あのとき小さな卵だった娘は7kgになりました。ちょっとぽちゃぽちゃしすぎかと、一昨日の3回目の予防接種のとき先生に聞いてみましたが、「しっかりしているし、これぐらいがかわいらしくてよろしい。」ということでした。最近は、音がするボールを自分で叩いて(自分の手をバタバタさせてボールにあてて)音を出して遊べるまでになりました。すくすくと成長していてくれてうれしい限りです。(^^)

告知から1年。

今日で、乳がんの告知から1年でした。
告知といっても、細胞診の結果を聞いただけなんですけれど・・・。そのときの衝撃を思い出しても、後の生検の確定診断のときではなく、このときが、私にとってのがん告知だったと思います。
診察室に入り、先生の机の上の紙に「ClassⅣ」と書いてあるのが見えました。その瞬間から、頭が真っ白、先生が話す言葉が全く耳に入りませんでした。それまでにネットで調べまくっていた私は「細胞診でClassⅣはほぼがん」と知っていました。「どうしようどうしよう・・・私死ぬのかな、子供産めないのかな、なんでなんで・・・」。いろんなことが頭を駆け巡り、どうしていいか分かりませんでした。本当にショックでした。
真っ白な頭のまま、なんとか車を運転して家に帰り、這うようにしてベッドにあがり、旦那さまに電話をしました。病院で言われたことを伝えながら、号泣して謝りました。
すぐに仕事から帰ってきてくれた旦那さまと泣きながら眠れない一夜を過ごし、数日はショックから抜け出せませんでした。
悲しい子宮外妊娠をして、すぐにでも子供が欲しいと思っていたときだったので、何より子供が産めなくなるかもしれないということが辛かった。将来に妊娠の希望を残す方法を必死に探しました。

それから旦那さまは仕事を早く切り上げて帰ってくれるようになり、夕方、私の散歩に付き合ってくれるようになりました(乳がんには運動がいいということで散歩を始めていたのです)。家の近所には、若い夫婦がたくさん住んでいて、小さなお子さんを連れているお母さんをよく目にしました。胸が締め付けられるようでした。
でも、旦那さまの手を握りながら、「治療が終わる何年後かには、ああなっている!って、そう思えば叶う気がする。」とか「将来生まれる子に名前を付けておこう。何年後か分からないけど、絶対産んであげるんだ〜」とか、旦那さまと自分に言い聞かせながら、絶望の中で、なんとか明るい将来を描いて、気持ちを奮い立たせていたのを憶えています。

1年前の私に、「1年後は元気な娘を産んでるよ〜。」って伝えると、びっくりして倒れるんじゃないかと思います。(^^)人生は何が起きるか分かりませんね。

先週木曜日からノルバデックスの服用も始まり、明日からは放射線治療が始まります。
これからも治療は続きますが、これからもいろんな幸せな奇跡が起きることを信じて、明るく前向きに頑張って行こうと思います。

抗がん剤投与前日!

さー、いよいよ、明日は抗がん剤投与開始日です。夜になって、だんだん緊張してきました。
TSUTAYAで宅配レンタルもしたし、本も5冊購入したし、食料も買い込んだし、トイレ掃除したし、洗濯したし、ゆっくり半身浴もしたし、
副作用かかってこーい!!
って気持ちで頑張ります。(^^)
それに、明日は、抗がん剤後、産婦人科で赤ちゃんの様子を確認してくれます。妊娠4ヶ月、まだまだお腹の実感が無く、赤ちゃんが本当に元気でいるのかどうかとても不安になるときがあるので、エコーで赤ちゃんに会えるのがとても楽しみです。どうか元気でいてくれますように。

今日は、母と日本橋と銀座をブラブラ散歩しました。
昨日、母は、松さや香さんの『彼女失格』という乳癌体験記を購入して読んだらしく(私も購入して持って来てるから言えば貸せたのですが・・・)、そこに書かれていたリアルな副作用の記述に、とても心配になったようで、「明日からしばらくは食べ物が美味しく食べられないだろうから」と、奮発してランチとディナーをご馳走してくれました。また、優柔不断な私がまだウィッグを買いかねているのを知ると、有無を言わさずウィッグやさんに連行され、「今日、今、ここで買いなさい」と半強制的に購入を迫られ(どうやら抗がん剤後すぐ脱毛すると勘違いしていたよう)・・・しかし、なんとお会計は母が・・・
お金を渡すも受け取ってくれず、結果、年金生活者の母のスネをかじってウィッグを購入してしまいました。申し訳ない!

母は、長く病気の父を看護しながら、働きながら私を育ててくれました。しかも明日、私の抗がん剤投与開始日は、母の誕生日なのです。心配させ、高い買い物をさせ、つくづく、親不孝な娘で申し訳ないです。
頑張って治して、今度は私が親孝行するからねー!

今日食べたもの
10:00 R−1ヨーグルト、青汁、人参ジュース、かき
14:00 和定食(栗ごはん、西京焼、天ぷら、茶碗蒸し、赤出しなど)、コーヒー半分
19:00 鰻丼、土瓶蒸し
妊娠中に鰻はまずいかもと思いましたが、検索すると1回2回は問題ないようなので、思いきって食べちゃいました。お店で鰻なんて食べたの何年ぶりかなぁ(T T)美味しかった(T T)




上司と親戚に感謝。

今日は、仕事の合間に、上司がお見舞いに来てくれました。
上司も若い頃に癌を克服された経験をお持ちで、「私の癌は5年生存率20%って言われたのよ。あなたの生存率など高い高い!私はそんなことを言われたって、何十年も元気だし、絶対大丈夫!!」「早く克服して帰って来てね!みんな待ってるよ!!」と励ましてくれました。久々に大好きな上司の顔を見て、励ましてもらって、とても元気をもらいました。
思えば、乳癌になったと職場でカミングアウトしたとき、奥様が乳癌を体験された方が二人いらっしゃって、二人からも「今は妻もすっかり元気だし、大丈夫だよ〜!病気になってなんだかかえって強くなって、毎日尻に敷かれてるよ〜」と励ましていただきました。
本当に私は周りの人に恵まれているなぁと、病気になってから強く感じます。ありがたいことです。

夜は、親戚のおじさんにご飯に連れて行っていただきました。ホテルの高級中華料理店で、いつもはそんなとこいく人じゃないのに、私の病気のことを知って、いいお店に連れて行ってあげようと奮発してくれたようです(T T)。普段は控えている(ようにしているつもりの)脂っこい料理を食べてしまいましたが、楽しく食事をしたので、きっと体には良いことだと思います。楽しくて、見る予定だったリーガルハイを半分見逃してしまった・・・無念。

今日食べたもの
10:00 人参ジュース(人参、赤ピーマン、りんご、レモン)、かき
13:00 白ご飯、西京焼き、きんぴらごぼう、みそ汁、サラダ、ヨーグルトプルーンジュース
19:00 中華料理(空芯菜の炒め物とチャーハン、鶏肉の炒め物?、煮豚?、北京ダック、フカヒレっぽいスープ?、点心など・・・たくさん食べたけど庶民的なメニューしか表現できません^^;)


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結婚後すぐに乳癌が見つかり、手術後、妊娠している事が分かりました。治療しながら出産を目指すために、旦那さまと離れ、東京で一人暮らししながら頑張っています!

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